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大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)213号 決定 1963年11月28日

抗告人 吉田茂夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断。

(一)  抗告理由第一点について。

裁判官忌避制度は、当事者が、当該事件を担当する裁判官に、その職務執行の不公正を懸念してよい客観的、合理的事由があるとき、その申立てによつて、裁判で、これを職務執行から排除する制度であつて、これによつて、民訴は裁判の公正を担保している。

忌避は、個々の裁判官の問題であるから、合議体を構成している裁判官全員を忌避するとの申立ては、当該合議部を構成する個々の裁判官に対する申立てと解される。

さて、このように合議部全員に対する忌避の申立てがあつたとき、その申立てに理由があるかどうかの裁判をするには、自己に対する忌避の申立てについて、その裁判官は関与できないことは忌避制度の趣旨から当然である(民訴四〇条)。そうすると、合議部全員に対する忌避の申立てがあつたとき、その理由があるかどうかを裁判することは、自己に対する忌避の申立てについて、その裁判官が理由の有無を判断することになり民訴四〇条に違反することは明白であり、許されない筋合である。

右は、一般的に正当な忌避権の行使があつたときのことに属する。

権利の行使に名を借り、その実は、忌避権の濫用以外のなにものでもないことが明らかな場合、例えば、訴訟遅延の目的のみでなされたり(刑訴二四条参照)、或は、既に忌避却下の確定裁判があるのに、その後同一の理由で何回も忌避申立てを繰り返えすようなときには、その忌避の申立ては、忌避制度本来の目的から逸脱しており、このような濫用にわたる忌避の申立てがあつた場合には、その当事者に、民訴四〇条によつて保護されるべき利益を享受させる必要はどこにもない。

したがつて、忌避申立てが忌避権の濫用であることが明らかな場合には、当該裁判官が、自らその申立てについて、却下の裁判ができると解するのが相当である。

ところで、当裁判所は、本件忌避申立ては、忌避権の濫用であることが明らかな場合に該ると判断するもので、そのわけは、原決定の理由一、(一)と同一であるからこゝに引用する。但し二枚目裏終行目から三枚目表終行目までの括弧内の記載をのぞく。

そうすると、原裁判所は、抗告人の裁判長裁判官前田覚郎、裁判官平田浩、裁判官野田殷稔に対する本件忌避申立てを、忌避権を濫用した不適法な申立てであると判断し、これを却下したもので、その取扱いが、民訴に違反するものでないことは右に説示したとおりである。

抗告人は、原裁判所が本件忌避申立事件を自判したことが、大阪地方裁判所の事務分配規則に反することを理由に、原決定は無効であるというが、いうところの事務分配規則は、全く司法行政的性質を有するものであつて、それは一般の忌避申立事件のことを定めたもので、本件忌避申立てのような忌避権の濫用にわたる事件を予測して定められたものでないと認めるのが相当であるのみならず、仮に原決定が、右事務分配規則に違反するからといつて、そのことだけで直ちに同決定が無効となるものではないから、この主張は失当である。

(二) 抗告理由第二点について。

原決定は抗告人の本件忌避申立てが、忌避権の濫用であると判断しているのであるから、抗告理由に引用の判例と何ら予盾牴触するものではない。

したがつて、この主張も理由がない。

(三) そのほか、本件記録を精査しても、原決定には何ら違法のかどはない。

そこで、民訴四一四条三八四条九五条八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 平峯隆 大江健次郎 古崎慶長)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取消す

前示事件の昭和三十八年四月廿五日午後一時と指定された口頭弁論期日に於て原告訴訟代理人弁護士久保田美英が同部裁判長裁判官前田覚郎裁判官平田浩裁判官野田殷稔に対し行へる忌避申立は其理由ありとの決定を仰く

抗告の理由

第一、原決定冒頭理由の内本件忌避申立の原因は別紙記載のとおりてありと表現するも原告代理人が昭和三十八年四月廿六日同部に提出した忌避理由疏明書の要点を欠く正確を欠く抗告人は抗告理由としては右疏明の通り主張する尚疏明不十分と思料さるるならは御命により補正すべし

原決定に対する不服の要点

(一) 原決定は大阪地方裁判所民事忌避事件に付いての事務分配の規則に違反する自判てあつて手続に於て無効である

畢竟裁判官三名か忌避される様な偏頗不公正のないことを自画自賛するものて民主政下国民の権利(訴権)保護に当る良心の質に於ては抗告人の敬意を表し難し加之決定末尾に於て抗告代理人か過去に於て同部に対し忌避した事件の統計表を附加するに至りては本件忌避の裁判に無関係の事項を却下理由に揚言するものて正に我国民事忌避理由裁判史上絶無の事象てあつて弁護士久保田美英個人の名誉毀損を以て論すへきである

(二) 原決定の理由を精査するに本件忌避申立は申立人の主観のみにて忌避したものと判断す之は我国民刑事についての唯一左記判例を知らさるか知つても之を尊重せぬものてある抗告審に於ては何卒左記判例に強調する忌避申立理由の客観的存否につき精査あらむことを祈願す

昭和十五年二月一日発行大審院判例集第十八巻第一号五五七頁(一、一、五)

昭和十年(特第一号昭和十四年十一月廿二日第一特別刑事部決定)

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